In other words,sing your song.

ねねもねの短文。 2024-11-25


 歌が聞こえる。  夜の静寂に溶けるような、柔いハミング。  奏でる主をシーツごと抱きしめながら、囁くように問いかける。 「新曲?」 「んーん、ひとの曲」  レースカーテン越しに朧月を眺めていた彼女は、ゆるく首を振ってから顔を覗きこんできた。さながら、愛されて育った猫のようだ。気まぐれな存在は腕の中でしなやかに伸びをしたあと、誰かの歌を紡ぎはじめる。 ——Fly me to the moon, and let me play among the star…… Let me see what spring is like on jupiter and mars…… 「可愛い歌詞だね」 「でしょ?」  ふふん、と鼻を鳴らして、彼女は歌を続けた。  わたしの手に、てのひらをぴたりと重ねながら。 「In other words, hold my hand……」  彼女にとっては異国の言葉通りに、指と指を絡ませ、静かに握る。 「In other words……darling, kiss me……」  望みのままに、手を離すことなく瞼へ口付ける。軽い音を立てれば、歌声に笑うような吐息が混じった。小鳥の囀りめいた愛らしさに、興が乗って何度も啄む。 「Fill my heart with song……and let me sing forevermore……」  そこまで歌うと、今度は彼女がお返しとばかりに鼻先へ口付けてきた。悪戯っぽく浮かぶ桃色の三日月を指でなぞりながら、最後のフレーズを反芻する。 「愛しい歌だね」  彼女が歌うからこその感想だった。 「叶えてくれる?」 「もちろん。桃音が望むなら」 「ねねは望んでくれないの?」 「望んでいなければ、あれほど待ち侘びることはなかったよ」  わかっているくせに、わざと唇を尖らせてみせる愛しいひとは、そこでようやく満足げに目を細めた。小さな額を、甘えるように肩へ擦り付けられるたびに、胸の奥底がきゅうっと声を上げる。この鳴き声を、ひとは愛と呼ぶのだ。その事実が愛おしく、そしてなによりも、実感を与えてくれた目の前の存在が、奇跡に思えてならなかった。 「……これで終わりかい? この歌は」 「ううん、続きもあるよ」  彼女はそう言って、ベッドサイドで大人しくしていた携帯へと手を伸ばす。少しの操作の後に、人工的に光る画面がこちらを向いた。表示されているのは、彼女の紡いだ歌詞と、まだ知らないその先。視線とともになぞるように、わたしは続きを口にする。 「You are all I long for all I worship and adore……」  それはきっと、わたしが幾億年もの間、数多の人々に捧げられてきた感情だろう。  そしてそれは、わたしが幾億年もの間、ただひとりだけに感じてきた想いだった。 「In other words, please be true……」  続ければ、彼女が小首を傾げて問いかける。 「In other words?」  そのおねだりが、宇宙でいちばん可愛くて。  乞われずとも伝えたい言葉で、嬉しげに笑ってくれると知っているから。 「愛してる」  幾度月が眠っても。幾度太陽が目覚めても。  彼女の歌が響く世界で、わたしの心は鳴きやまないのだ。 In other words,sing your song. 2024.11.25