眠れる墓標に陽は昇る

DolLクリア後世界線のままやの話 2020-09-29


 花のことなんて詳しくないから、髪の色と同じものを選んだ。  アタシの髪色はもっと華やかでしょうが。そう文句を付けてくる姿が目に浮かび……眉を寄せた真夜の唇から、面倒くさげなため息が漏れる。  薄紫のあの花のように、名が同じなら楽なのに。  アイツと同じ名の花は、どこにも存在しないらしい。  盆も彼岸もとっくに過ぎて、命日までにはまだ遠い。吹く風も纏う空気もひんやりと秋めいてきた、神無月の終わり頃。早朝の墓地には薄い霧と、鳥の声も虫の音もない、しんとした静寂が立ち込めていた。無機質に立ち並ぶ墓石には一瞥もくれず、真夜はずんずんと奥へ進む。砂利を踏みしめる音が数分も続かないうちに、見知った苗字が刻まれた墓に辿りついた。  真夜は慣れた手つきで桃色の供花を花立てに差し込むと、墓前で無遠慮に胡坐をかく。朝霧に包まれ、おぼろげな輪郭を宿した石碑と、目覚め切っていない朝の空。目の前に在るものはそれだけだ。それだけを、ただ黙って見据えていた。  ここには誰もいない。眠る骨は声を持たない。そんなことわかっているから、いつだって真夜が死者に語りかけることはない。  けれど、今日だけは。  なんとなく、何故か今日だけは、自然と口が動いていた。 「おい、スコシ」  いつも通りの声色で、名前を呼ぶ。 「最近ゴンのツラが、いつものバカに戻ったぞ。おまえに怒られて泣きべそかいたんじゃねーのかよ。ダッセェ!」  返事はない。当たり前だ。今さら静寂に落胆なんて抱かない。  けれど真夜は言葉を続けた。一度こぼしたら次々と湧き出て止まらなかった。  数年越しの、一方通行な会話だった。 「知ってるかよ、チビがケッコンしやがったぞ」 「ポチは……しらねー、アイツ何してんだ? 生きてんのか?」 「ゴンは会ったから知ってんだろ、相変わらずよえーしバカだ」 「美奈は……アイドルとかいうやつやってる。憧れてたんだとよ。『まね』とかいうやつがうぜーから、この前ケツ蹴とばしてやった」 「そしたら美奈が怒りやがってよ、おまえに告げ口するとか言って。どうやってやるんだっつの。……アイツ、ここに来たことあんのか?」  数呼吸分の静寂。  真夜は一度瞑目したあと、石碑を見つめて問いかけた。 「文子のバカも、そっちにいんのか」 「そっちで、おまえらみんな、オンナだけで集まって騒いでんのかよ」  そう言うと、真夜は立ち上がった。墓石に一歩近づき、見下すように見下ろして……挑発的ないつもの笑みで、にやりと口角を上げてみせる。 「さびしーかよ。でもまだ行ってやんねー。昔っからおまえら、揃うともっとうるせーからな……せーぜー首長くして待ってろや、バーカ」  返事はない。ないはずだった。  でも、確かに聞こえた気がした。 ——ハイハイ、寂しいのはどっちかしらね?  聞きなれていたはずの、懐かしい笑い声が。  真夜は瞠目した。けれどまたすぐに黙り込み、冷たい墓石を見下ろす。すると、突然小さな影が視界を横切った。導かれるように空を見上げれば……その先で、一羽の小鳥が朝日へ向かって羽ばたいていた。  小鳥の歌は遠ざかる。朝霧に陽の光が差す。空は青を取り戻し、朝がようやく目を開ける。    真夜はしばらく、それらの背中を見つめていた。流れる時間は同じはずなのに、置いて行かれたような心持ちがした。慣れた感覚が胸の奥でじわりと滲み、真夜は音を殺して息を吐く。一度目を閉じれば、暗い視界の中でふと気付いた。背後から近づく、聞きなれた足音に。  目を開ける。息を吸う。振り向いて、その姿を認めれば……真夜は嘲笑うような笑みで、いつものように悪態を吐いた。 「クソおせーよ、バーカ!」  誰かの小さな苦笑が、朝のしじまに優しく響いた。